風のように
おしぼり
おしぼりが好きだ。というより、おしぼりがないと落ち着かない。
たとえば、レストランに入ったとき、飛行機に乗ったとき、新幹線に乗ったとき、旅から家へ戻ったとき、まずおしぼりが欲しい。
素早い回収
多分、世界の国の中で、日本が一番おしぼりが出てくる確率が高いのではないか。
アメリカをはじめ、フランス、イギリス、ドイツなど、先進諸国にしても、日本ほどおしぼりは出てこない。
最近は、外国のエアラインも大分、おしぼりが出てくるようになったが、あれも多分、日本を見習って、始めたのだろう。
とにかく、日本人は世界でも有数の、清潔好きの人種かもしれない。
これが、仕事や取引の面まで徹底すればいいのだが、こちらは必ずしも清潔とはいいかねる。
おしぼり好きは、この心のほうの汚れを薄めるための融和剤かもしれないが、ともかく、清潔好きなのは、悪いことではない。
もっとも、おしぼりを提供する側は、結構大変なのかもしれない。
タオルをあらかじめ温めるか冷やすかして、ラップする。これだけでかなりお金がかかるうえに、これを全部回収しなければならない。
一本、いくらするのか、きいたことはないが、大量になると馬鹿にならない値段だろう。
そのせいか、最近、新幹線のグリーン車などでは、綿に水を染み込ませたようなおしぼりが出てくる。
正直言って、あれを出されるとがっかりする。
千円くらいの弁当についてくるおしぼりなら仕方ないが、やはりできることなら、タオルのおしぼりが欲しい。
もっとも、せっかくタオルのおしぼりが出てきても、あまり早く引きあげられるのは困る。
無くなるのが怖いのか、渡されたと思ったら、早々にとりにくる。一度拭いたら、もう要らないだろう、ということかもしれないが、もう少しおいといて欲しいこともある。
たとえば、これから食事をするとか、お茶やコーヒーにしても、うっかりこぼすかもしれない。
おしぼりの引き揚げに関しては、とくにスチュワーデスが厳格だが、そのあとに食事を出すのでは、なんのためのおしぼりか、わからなくなる。
食前はもちろん、食中も食後も、おしぼりは必要なのに、無情に持っていく。
これに対抗して、ときどき座席の前のポケットに隠して、寝たふりをしているのだが、それでもおしぼりの端が少し見えただけで、強引に持っていくスチュワーデスもいる。
こういう女性と一緒になると、息苦しくて、長続きしないかもしれない。
これにくらべると、新幹線のグリーン車はややルーズだが、こちらは突然、思いがけないところで出てくるから、面食らう。
東京から大阪へ向かう電車ではどこでと、大体決まっているのかもしれないが、名古屋から乗ると、出てくるのかこないのか、わからない。
そんなこと、どうでもいいではないか、といわれたらそのとおりだが、欲しいと思うと結構気になるものである。
外科の手洗い
おしぼりをもらって、まず手を拭くが、そこで気になるのは、顔のほうである。
アル女性誌に、おしぼりで顔や首を拭くのは、おじさんたちに共通するみっともない癖だ、と書かれていた。
わたしの友人はそれを読んでから、若い女性に嫌われないために、首に汗が滲んでも拭かないように努めているが、わたしはかまわず拭く。
顔もそうだが、むしろ首から耳のつけ根のあたりを念入りに拭く。
一般に、人の体は、襞のあるところや、指や耳のつけ根、さらには関節の内側が、とくに汚れやすい。
都会は、砂ぼこりこそ立たないが、排気ガスなどで汚染されているから、何度拭いても拭きすぎるということはない。
事実、よく拭くと、おしぼりが、うす黒くなるところからも大気の汚れはかなりのものである。
それを拭くなというのは、汚れたままいろということだから、不潔きわまりないし、そんな状態では皮膚にもよくない。
それでも、拭くのはみっともない、という女性がいたら、その人は多分、男たちに嫉妬しているのかもしれない。
なぜなら、彼女らが顔を拭かないのは、顔の化粧が落ちるからで、男たちがやるように、ごしごしこすったら、たちまち別の女性になってしまう危険性がある。
それが怖くて拭けずに我慢しているとき、隣のおじさんが、思いきり拭いて、さっぱりした顔をされてはたまらない。
これでは、不作法な奴ということで、腹が立つのも無理はない。
ところで手を拭くとき、わたしが最も入念に拭くのは指のあいだである。ここをあっさり拭いている人を見ると、もうすこししっかり拭きなさい、と言いたくなる。
当然のことながら、ここはいわゆる指のあいだの陰の部分で、襞があるため、バイキンが一番たまりやすいところである。
といっても、これは外科の手術のときの作法で、外科医になると、まずこの手の洗い方をうるさくいわれる。
「指のあいだを、何度も洗え」
先輩にいわれて、消毒液を含んだタワシで、指のあいだをごしごしこする。
そのくせがいまだに抜けずに、いまでもおしぼりをもらうと、手術をするわけでもないのに、指のあいだを懸命に拭く。
先日、飛行機に乗ったら、同じように、指のあいだをやたら拭く人がいたので、なに気なくきいてみた。
「外科のお医者さんですか?」
すると、彼が少し怪訝な顔で返事した。
「産婦人科ですが……」
どちらも、手をきれいにしておかなければならないが、女性に触れるときは、とくに手洗いが重要である。